梅雨の足音が過ぎ、夏の影が少しずつ近づいてきていた。見上げた先に広がる空は陽を跨ぐにつれその色を一層鮮やかにし、揺らぐ草木も深く青い香りを放ちながらもその身を伸ばす。
冷房のきいた部屋の窓を開け放てば、しっとりとした風が僅かに頬を撫でた後、たちまち熱気が部屋を埋め尽くした。
蝉の鳴き声が聴けるのはまだ先だが、コンクリートの灼ける香りが鼻を掠める日は近い。雨上がりに照りつけた太陽が地面を焼き付ける頃には、最後の声をあげるために地面を掘る彼らの姿が見えるだろう。



たんたん揺らぐ電車の中から見える景色は、次に会う時には形を変える瞬きのような世界。
その中でそれぞれが何を考え何に向かっているのか、私には分からない。
私と彼は同じ空間に居ながらも黙ったまま携帯に目を向けて降りる時を待つ。

外の景色は鮮やかさを増しているのに、私達は電車のなかでただ黙々と他人の書いた取り止めもない呟きに目を通す。
電車に乗ってから互いに会話一つないまましばらくして、目の前に座る親子連れの会話がやけに鮮明に響いた。



「おそとにきいろのはながさいてたよ。おおきいの。」

「あぁ…向日葵いっぱい咲いてたねぇ。」



そんな会話が聞こえてふと視界を上げてみても、車窓から見える景色は瞬く間に流れ、向日葵の黄色が目に入ることは無かった。
そういえば、この土地に来てまだ一度も大地から凛と伸びた向日葵を見ていないなと思った。


今の生活を始めて半年が過ぎ、あの凍えながらも寄り添い眠った冬が遠い昔のようにも感じる。
生まれ育ったあの土地を離れ寂しがっていた私も次第に生活に慣れて何事もない毎日を送っている。
見慣れない景色に見慣れ、聞くことの少なかった電車のタタンタタンという音にも慣れた。
生活はけして豊かではなかったけれど、日々だらだらと過ごしている私には望むものも少なく、あまり困ることもなかった。

困ると言えば引っ越してきた当初は家具や電化製品で出費がかさみ掃除機まで買う余裕が無く、その時は結局安物の箒と塵取りを買うことにしたのだった。
それからというもの、掃いても掃いても一向に終わらず、これでもかとかき集めてはチリトリで掬い上げてゴミ箱へと投げこんでも次の日にはチラホラと見える埃たち。
集めても集めても何処からともなく我が物顔でやってくる埃にこれ以上ないほどにうんざりしているのだが、半年たった今でも掃除機は我が家にやってきてはいない。いざ買おうと家電量販店に足を運べば、互いに好きなものばかりを眺めてしまい、結局手ぶらで店を出るのだ。また今度でいいかと苦笑しながら。
このように何気ない日々が続き、特にこれと言ってイベントがあるわけでもない味気ない生活ではあるのだが、私にとってはこの日この瞬間すべてが満たされた素晴らしい日々だと思っている。

ずっと雛のように温められ大切に育てられた、優しくも小さな世界から足を踏み出したあの時、巣立つ覚悟も決意も持たず言われるがまま付いてきてしまった気がする。
聞く人によっては笑い話にもならない、きっとこいつはなんて馬鹿なんだろうと鼻を鳴らすだろう。
しかしいずれ進まなければならないのなら、この人と一緒が良かったのだ。
仄暗いも私も、我儘で身勝手な私も、泣いて理不尽を押し付ける私も、上から正論だけを錘のように積み重ね、そのまま押し潰してくれる人だから。
そして自由に抱きついてもいいよと言ってくれた人だから。

手を繋ぎ隣を歩く人は母ではなくなってしまったが、座席に投げ出していた右手をそっと握って離さない、そんな隣の彼が私は好きでたまらない。

「次で降りるよ。」

「うん。」

電車がゆるやかにホームに入るのを感じながら、そっと携帯を閉じて座席から立ち上がる。
しばらくして開いた扉からゆっくりと外へ降り立てば、湿り気を帯びた空気がむわりと私達を包みこんだ。










end